★★★★★ 鎌倉五山とは ★★★★★
建長寺・円覚寺・寿福寺・浄智寺及び浄妙寺の五か寺をさします。いずれも臨済宗の禅刹。各禅刹の寺格をきめ、官が任命した住持を順次上位の寺へと昇任させる五山の制度は、中国の風にならって早くに北条氏がとりいれ、鎌倉のおもな禅刹を五山と呼ぶことがおこなわれました。
〔出典:鎌倉事典・東京堂出版〕
■建長寺 第一位
執権北条時頼が宋僧蘭溪道隆をむかえ、1253(建長5)年に落慶供養して開いた寺院で、建物は中国の径山万寿寺を 模した本格的な禅宗様式で、その後のわが国の禅宗寺院の建築に大きな影響をあたえた。
■円覚寺 第二位
執権北条時宗が1282(弘安5)年、宋僧無学祖元を招いて開いた寺院で、建物は創建当初から、いりくんだ谷間のわずかな平地を利用しながら
禅宗風の伽藍配置をもった堂塔が多くならんでいたが、たび重なる火災で、創建当初の建物はすべて失われている。だが、室町初期の建築とみられる舎利殿は、
禅宗様を代表する建物です。
■寿福寺 第三位
源頼朝の夫人政子が、臨済宗を日本に伝えた栄西を鎌倉にむかえて1200(正治2)年に建立したと いわれる。最初は密教系の寺院であったが、その後蘭溪道隆・大休正念らの宋僧が住持になると宋風の禅宗となって発展し、塔頭も14院を数えていた。
■浄智寺 第四位
北条宗政とその子師時によって、1281(弘安4)年頃創建されたといわれている。鎌倉末期には堂塔も整い、伽藍も大規模になったようで、塔頭も11院
を数えていたという。
■浄妙寺 第五位
浄妙寺は他の五山が北条氏と関係が深いなかで、足利氏と関係のある寺である。1188(文治4)年、足利義兼が建てた真言宗 極楽寺が前身で、その後臨済宗に改宗し発展した。室町前期、幕府から五山の寺格を得、足利氏の保護のもとに七堂伽藍をそなえ、塔頭23院を数えて、寺勢をほこっていました。
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